ヴィクトリアマイル 2019【名馬列伝】時間と傷が女を磨く。

 

競馬には、勝利を手繰り寄せる為に必要とされる格言がいくつか存在する。「テン良し、中良し、終い良し。」これもそのうちの一つ。府中のマイルを勝つために必要な三原則として知られている。

 

しかし、それはあくまで男馬の話。

 

ここを勝てるだけの、誰よりも強くたくましい乙女である為にはさらなる要素が求められる。それは、初々しい若さと守られた環境の中では決して生まれないもの。     

そんな女としての気品を問われる舞台として設立 された、記念すべき第一回目のヴィクトリアマイルに背水の陣で挑んだ１人のヒロインがいた。

 

彼女は18年振りに関東馬として桜の女王の座を射止めた天才。「次はダービーか？」と4戦4勝の 完全無欠な彼女のダンスに当時の誰もが酔いしれた。ただ１人、勝利の女神を覗いては。

 

オークス４着の敗戦後、米国オークス、香港G1と14連敗。気づけはあの日の桜花賞から２年間も勝ち星から遠ざかっていた。長い長い暗闇のトンネル。それでも彼女は、諦めることなく、ただひたすらに孤独と戦い続けていた。帰ってきた舞台は、初黒星を喫した舞台と同じ。しかし、もう若かりし頃の彼女とは違っていた。

 

時間と傷が女を磨く。

 

成熟された気品を携えた彼女は、今度は慌てなかった。

もう若かりし頃の「ダンス」とは違う。それはまるで、成熟された舞踊そのものだった。

曇天の空、薄暗い府中の直線に、最内から伸びる一筋のスポットライト。勝利の女神はいつだって、挫折を知り、努力を惜しまぬ者にのみ、ささやかなプレゼントを与えてくれる。

 

（作：真田 幸太郎）